へうげもの六話
新年の顔合わせを終えた宗易は、細川藤孝のもとを訪れていた。細川は、宗易に対し、「下剋上は、信長へのただのうさばらしであり、武人ならば主君をたたえるものだと」と言う。それに対し、宗易は、「強きものの側に着くことも乱世にあっては、武人の生き残る術」であるという。それに対し、細川は、「たとえ強き者といえど、所詮は逆賊。逆賊に与する者の定めは古より明らか」であると言い、細川が思う武人のあるべき姿を説く。細川は、君主との関係を遵守し、全うな武というものを主張しているようにみえる。他方、宗易のいう武人とは、人間らしさを感じる。生きるために、その時代の強き者の下を渡り歩く。
武人は、武人である前に人間である。いざとなったときに、武人のままでいることができるのか、それとも、人間として生きることを選ぶのか。その者の真の心が見えるときだろう。
佐介は言う。「決死の覚悟。口では言えど、人間、生への執着はそう易々と捨てきれぬもの。物に関わる執着は特に。」と。佐介は、偽物を名物と称して渡すことで、開城の説得をしていた。城にこもった時点で、負けは目に見えている。そのままでは、殺されてしまう。そのような中、今説得に応じれば、命をとらないと言われれば心は動く。それに加えて、売れば生涯安泰といわれるような物も渡すと言われれば、頑なに開城を拒むような兵でも心が動くのは当然であろう。
交渉の際、「命は取らないから、城を明け渡せ」というものは耳にするが、相手方に手土産までもって交渉にあたるということは佐介流の交渉術だろう。佐介の交渉術は、一回一回が真新しいもので、とても面白い。